雷が鳴るとき、人々は古くから“空の向こうにいる存在”を思い描いてきました。
世界には、雷・稲妻・嵐を司る神々が数多く存在し、ゼウスやインドラのように王として崇められた神もいれば、雷そのものの精霊として語られた存在もいます。
この記事では、雷を司る神を文化・神話ごとに紹介します。
世界の雷神一覧
世界各地の雷神に関する伝承は、資料や地域によって大きく異なります。 本記事では代表的な説をもとに紹介していますが、神格の名前や役割には 諸説があります。 より詳しく知りたい場合は、各地域の神話資料や専門文献もあわせて 調べてみることをおすすめします。
出典・参考:Wikipedia – List of thunder deities
地中海・古代近東の雷神(Mediterranean & Ancient Near East)
雨・雷・稲妻・嵐をつかさどり、農耕と王権を支えた雷神たち。
メソポタミア、レバント、アナトリア、アルメニア、トラキア、アルバニアなど、地中海とその周辺で信仰された「雷そのもの」を担当する神だけを厳選しています。
- Adad / Hadad(アダド / ハダド)
メソポタミアおよび西セム系世界で広く信仰された嵐と雷雨の神。
激しい嵐と破壊をもたらす一方で、農耕に不可欠な雨を与える「豊穣の主」として、雷鳴・稲妻・雄牛のシンボルと結びつけられた。アッカド語ではアダド、北西セム語圏ではハダドと呼ばれ、同一視されることが多い。 - Ishkur(イシュクル)
シュメールにおける春の雨と雷雨の神で、後にアッカド語圏のアダド/ハダドと同一視される存在。
主にステップ地帯の都市の守護神として崇拝され、春の雷雨をもたらして大地を潤す役割を担ったが、南メソポタミアでは灌漑農業が主流だったため、他の嵐神より目立たない位置づけとされる。 - Baal(バアル)
カナン地方で「主(バアル)」と呼ばれた嵐・雨・稲妻の神で、特にウガリット神話では雲に乗る嵐の王として描かれる。
雷鳴と稲妻で敵対する海神ヤムや死の神モトと戦う物語を通じて、肥沃な雨と王権をもたらす守護神として崇拝され、しばしばハダドと同一視される。 - Teshub(テシュブ)
フルリ人の最高神であり、雷・稲妻・嵐を操る天候神。
天上の王として他の神々を統べ、雷雨や風を武器として怪物と戦う神話で知られる。ヒッタイトやルウィなど周辺文化では、同じ嵐神系統としてタルフンナやタルフンズと同一視され、ハダドやバアルとも対応づけられた。 - Tarḫunna / Tarhunz(タルフンナ)
ヒッタイトおよびルウィ系の「天の天候神」で、雷・嵐をもって国と王を守る最高神。
名前は「征服する者」を意味する動詞に由来し、戦勝と王権の象徴とされた。三叉の雷霆や戦車と結びつき、フルリのテシュブやカナンのバアルと同系統の嵐神とみなされる。 - Vahagn(ヴァハグン)
アルメニア神話における火・雷・戦いの神で、しばしば竜ヴィシャプと戦う英雄神として語られる。
雷鳴と炎をまとった戦士の姿で表現され、のちには最高神アラマズドや女神アナヒトと三柱一組の重要な神格の一つとされたと伝えられる。 - Zibelthiurdos(ジベルティウルドス)
古代トラキアで信仰された天空・雷・雨の神。
碑文と図像資料から、稲妻を掲げた姿や鷲とともに描かれることが多く、ギリシア神話の雷神ゼウスに相当する存在と解釈される。名前は「雷を運ぶ者」「稲妻の担い手」といった意味をもつ可能性が指摘されている。 - Zojz / Zois(ゾイズ)
アルバニアの古層信仰における天空と稲妻の神で、諸神の中で最高位にある「天空父」とみなされる存在。
「空の美しい者(i Bukuri i Qiellit)」として太陽や天候と結びつけられ、雲のあいだに住み、手にした雷霆で罪ある者を打つと信じられてきた。インド・ヨーロッパ系の天空神と系譜的に関連づけられることもある。
ギリシャ・ローマの雷と天空の神々(Greco-Roman)
古代ギリシャ・ローマ世界では、雷・稲妻・雷鳴は天空神の権威そのものと考えられ、 ゼウスやユピテルを頂点として、雷光や雷鳴を擬人化した女神たちも信仰されました。 ここでは、文献・神話・古代美術に登場する「雷を直接つかさどる存在」のみに絞って紹介します。
- Zeus(ゼウス)
ギリシャの天空・最高神で、稲妻(ケラウノス)を武器として操る雷神。天候・嵐を支配し、雷霆をもって秩序を保つ存在で、古代美術でも最も典型的な雷神像として描かれる。 - Jupiter(ユピテル)
ローマの天空神でゼウスと同一視される。雷と王権の象徴を持ち、昼の雷はユピテルの領分とされた。国家の守護神として最高の地位に置かれ、カピトリヌス丘で厚い崇敬を受けた。 - Summanus(スンマヌス)
ローマで「夜の雷」を司る神。昼の雷がユピテル、夜の雷がスンマヌスと明確に分けられていた。夏至前夜には彼を祀る祭(サンマナリア)が行われ、暗色の供物が捧げられた。 - Astrape(アストラペ)
ギリシャ神話における「稲妻(lightning)」の女神。雷光そのものの擬人化で、ゼウスの雷霆を扱う役目を持つ。光の閃きや破壊の瞬間を象徴し、陶器画では雷の武器を携える姿で描かれる。 - Bronte(ブロンテ)
ギリシャ神話の「雷鳴(thunder)」の女神。アストラペと対になる存在で、雷の音を象徴する擬人化神格。二柱はしばしばセットで描かれ、雷の光と音の二面性を示す。 - Fulgora(フルゴラ)
ローマにおける稲光(lightning bolt)の女性神格。ラテン語の *fulgor*(閃光)が語源で、稲妻の輝きと危険性を象徴する。ギリシャのアストラペに相当する存在とされる。
北西ユーラシアの雷・戦・天空の神々(Northwestern Eurasia)
スラブ・バルト・北欧・サーミ・バスクなど、ヨーロッパ北部~東部の民族に伝わる雷・嵐・戦いの神々。ハンマーや斧、戦車、オークの木などが象徴で、しばしば天空神・最高神として崇拝されました。
- Perun(ペルン) – スラブ神話の雷・稲妻・戦の神
古代スラブで最高神とされた天空・雷の神。雷・稲妻・嵐・戦争・法と秩序を司り、オークの木や戦斧・槌・矢が象徴とされます。 - Perkūnas(ペルクナス) – バルト神話の雷神
リトアニアやラトビアなどバルト諸族で信仰された雷神で、最高神ディエヴァスに次ぐ重要神。雷・嵐・雨・豊穣を司り、インド=ヨーロッパ世界に広く見られる雷神型の一つです。 - Perkele / Ukko(ウッコ) – フィンランド神話の雷神
ウッコは雷と天候の神で、雷雨によって畑を潤し豊作をもたらす存在とされました。「Perkele」は本来雷の神名だったと考えられ、後にキリスト教化の過程で呪い言として残ったとされます。 - Taranis(タラニス) – ケルト神話の雷・稲妻の神
ガリア系ケルトで崇拝された雷神で、車輪と雷霆(いかづち)を持つ姿で表されます。ローマのユピテルと同一視され、雷・嵐・空の権威を象徴しました。 - Thor / Donar(トール/ドナール) – 北欧・ゲルマン神話の雷神
ミョルニルという槌を振るい、雷と嵐を起こす北欧の戦神・守護神。山羊に引かせた戦車で空を駆け、巨人や怪物から人間と神々を守る存在として信仰されました。 - Horagalles(ホラガレス) – サーミの雷神
サーミの信仰における天空・雷・稲妻・虹・天候を司る神。鉄の槌や槍で有害な霊やトロルを打ち倒す守護神で、北欧のトールと同系の雷神と解釈されます。 - Pikne / Pikker(ピクネ/ピッケル) – エストニアの雷神
エストニア神話で稲妻の神とされる存在で、名前は「長いもの」を意味する語に由来すると考えられます。雷光そのもの、あるいは雷火を投げる精霊的存在として語られます。 - Tharapita(タラピタ/タラ) – エストニアの雷の主神的存在
中世の『リヴォニア年代記』に登場するエストニアの大いなる神で、しばしば雷・戦いを司る最高神と解釈されます。フィンランドのウッコやゲルマンのトールに近い性格を持つとされます。 - Sugaar(スガアル) – バスクの嵐・雷の蛇神
バスク神話で嵐や雷と結びつく男性神で、しばしば龍や大蛇の姿をとるとされます。山中で女神マリと交わることで嵐を生む存在と説明されることが多いです。 - Gebeleizis(ゲベレイジス) – ダキアの雷神
古代ダキア人が崇拝した雷・稲妻・雨の神で、鷲を従え澄んだ空を象徴する存在。人々は嵐雲を追い払う彼を助けるため、雲に向かって矢を放ったと伝えられます。 - Ambisagrus / Loucetios(アンビサグルス/ルケティオス) – ガリアの雷・戦の神
アンビサグルスはガリア地方で崇拝された嵐・雷の神で、ローマのユピテルと習合したと見なされます。ルケティオスは「雷のような者」を意味するとされるガリアの雷神で、戦いや暴風雨とも結びつけられます。 - Uacilla(ワシラ/ウァツィラ) – オセット神話の雷神
聖エリヤと同一視されるオセットの神で、雨・雷・稲妻、特に麦の収穫を守る存在とされます。雷に打たれた者は神に選ばれた証とされ、特別な供儀が行われました。

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