人を喰らう・襲う・誘惑する|生命そのものを脅かす恐怖の怪物たち
人に危害を加えたり、命を奪うと恐れられた怪物・妖怪。
山・川・里などどこにでも潜む危険として語られ、旅人や村人にとって現実的な脅威と考えられていました。
人間の無防備さを教える“戒め”としての側面も持っています。
- 九尾の狐(きゅうびのきつね)
中国・インドから伝わる伝説が基となった、日本でも屈指の妖狐。美しい女性に化けて人を誘惑し、国家や王を滅ぼすほどの知略と妖力を持つとされます。日本では玉藻前(たまものまえ)として朝廷を脅かし、退治された後も怨念を残した国難級の怪物。 - 殺生石の妖狐(せっしょうせきのようこ)
玉藻前が討たれた後、その怨念が宿ったとされる「殺生石(せっしょうせき)」の化身。那須野ヶ原に残る溶岩石で、触れた生き物を即死させると語られました。近づくだけで鳥獣が倒れたという伝承から、“災いを呼ぶ石”として恐れられます。 - 濡女(ぬれおんな)
川辺や橋の下に現れる、水気をまとった妖艶な女の妖怪。美しい姿で近づいた旅人を水中へ引きずり込み、溺死させるとされます。地域によっては河童や水鬼と同類の水の怪異とされ、川辺の危険を象徴する存在。 - 雪女(ゆきおんな)
豪雪地帯に伝わる白装束の女性の怪異。冷気をまとい、息を吹きかけて人を凍死させると伝えられます。恐ろしい存在でありながら、人間に恋心を抱き、夫と暮らすなど“情のある妖怪”として描かれることもあり、日本的な二面性を持つ怪異。 - 山姥(やまんば)
山奥に住む老女の姿をした妖怪。道に迷った旅人を家に招いて喰らうとされる一方、金太郎(坂田金時)を育てた母として登場するなど、悪と善の両面を持つ存在です。自然の厳しさと、山の恐怖を人格化した典型的な妖怪。 - 蛇女(へびおんな)
強い嫉妬や執着によって女性が蛇へと変じた姿とされる怪異。古来より“嫉妬心は蛇に変化する”思想があり、姿は女と蛇が入り混じった妖しい姿で描かれます。人を呪い、時に喰らう怨念系の怪物として恐れられました。 - 餓鬼(がき)
仏教における六道の一つ「餓鬼道」に落ちた亡者。果てしない飢えと渇きに苦しむ姿で描かれ、食べ物を求めて人里に現れる怪物的存在として語られます。どれほど食べても満たされないという永遠の苦しみは、人間の欲望の象徴でもあります。 - 紅葉鬼(もみじおに)
平安時代の女盗賊「鬼女紅葉(きじょもみじ)」が鬼化したとされる伝説。絶世の美女でありながら妖術に長け、戸隠山で多くの人を襲ったと語られます。退治された後も怨念を残したとされ、美しさと恐ろしさを併せ持つ鬼として知られます。 - 天狗(てんぐ)
山の怪異として古くから伝わる、赤い顔・長い鼻・翼を持つ妖怪。人間を惑わせて山道を迷わせたり、修験者の姿で試練を与えるなど、人の精神を揺さぶる存在として語られます。山の神と妖怪の境界を持つ複雑な存在。 - 大天狗(だいてんぐ)
天狗の頂点に位置する最強格の存在。鞍馬山の僧正坊(そうじょうぼう)が代表的で、剣術や兵法に長け、魔王に匹敵する力を持つとされます。人間の心の弱さや傲慢さにつけ込む存在として、修験者や武士からも畏怖されました。 - 温羅(うら)
『吉備津彦命伝説』に登場する鬼神で、吉備(きび)地方を荒らしたとされる怪物。人を喰らい、城を築き、村を支配するなど圧倒的な力を持ちました。最終的には吉備津彦命に討伐されますが、死後も吉備津神社の鳴釜神事で祟りを残したという伝承が残ります。 - 両面宿儺(りょうめんすくな)
『日本書紀』に登場する二面四臂の異形の鬼神。飛騨地方を支配し、朝廷に反逆したとされる存在で、前後に二つの顔を持ち、並外れた武力を誇ったと伝えられます。後世には英雄視されることもある、謎の多い強力な怪異。 - 朱の盆(しゅのぼん)
夜道に赤い盆のような顔をして現れ、見た者の魂を吸い取るといわれる怪異。鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』にも描かれ、笑っているようで感情の読めない不気味な表情が特徴。恐怖そのものが形を取ったような存在。 - 大入道(おおにゅうどう)
巨大な姿で突然現れる異形の怪物。見上げると目眩を起こして倒れるとされ、「見上げ入道」とも呼ばれます。正体は狐や狸の変化とも、山の精とも言われており、人を試す存在・不吉の予兆として恐れられました。
混成獣・不吉・災厄を呼ぶ|奇妙な姿で災厄や不幸の前触れとされた存在
複数の動物が混ざった姿や、正体の分からない異形の怪物など、不吉さや不安を象徴する妖怪。
その不可解な姿は、人が説明できない出来事や不安を「形」にしたものともいわれ、地域ごとに多様な伝承が残されています。
- 鵺(ぬえ)
猿の顔・狸の胴体・虎の手足・蛇の尾を持つとされる混成獣。夜に「ヒョーヒョー」と不気味な声を上げて飛び回り、宮中に災いをもたらしたと伝えられます。源頼政に討伐された伝承が有名で、“不吉の象徴”として恐れられた怪物。 - 件(くだん)
牛の体に人間の顔を持つ予言獣。出現すると必ず“大きな災害・疫病の到来”を予言し、告げた後すぐ死ぬといわれます。江戸後期から明治にかけて多くの記録が残り、災厄の前触れとして新聞にも掲載されるなど、日本社会に深く根付いた怪異。 - 妖狐(ようこ)
人に化け、怪異や不幸をもたらす狐の総称。特に尾が増えるほど妖力が高まるとされ、悪意ある妖狐は人を惑わせ病や争いを招くと伝えられました。九尾の狐のような“神獣に近い大妖怪”もいれば、小規模な怪異を起こす狐もおり、幅広い存在体系を持ちます。 - 野槌(のづち)
山野に潜む巨大な蛇の妖怪。『和漢三才図会』などに記録され、太い胴体のまま地面を這い、通りかかった者に飛びかかって飲み込むといわれます。姿は単純ながら“圧倒的な巨体の恐怖”を象徴する怪異。 - 白面金毛九尾(はくめんきんもうきゅうび)
金色の体毛を持つ九尾の狐の極致的存在。中国神話『封神演義』に登場し、千年を超えて修行した妖狐が到達する最高位の姿とされます。美貌と残忍さを併せ持ち、国家すら滅ぼす力を持つと伝えられる“伝説級の大妖怪”。 - 犬神(いぬがみ)
四国・中国地方を中心に伝わる強力な憑き物。呪術によって生み出され、一族に取り憑いて代々祟りや病を引き起こすとされます。他人を狂わせたり家を没落させるほどの力を持ち、地域社会に深い恐怖を与えた“最強の憑き物”の一つ。 - 管狐(くだぎつね)
竹筒や葦の管に宿らせて使役するとされる小型の霊獣。姿は小狐のようで、人の心を操ったり精神を弱らせる力を持つと信じられました。陰陽師や民間呪術で扱われることもあり、犬神より小規模ながら“精神への干渉”で恐れられた存在。 - 隠神刑部(いぬがみぎょうぶ)
愛媛県・伊予松山の伝承で知られる狸の大妖怪。数百〜数千の狸を従える総大将で、城下町で怪異を起こしたとも、武士と戦ったとも語られます。狸らしい化かしの力に加え、軍勢を率いる“妖怪軍団の長”として描かれることが多い存在。 - 鎌鼬(かまいたち)
突風とともに現れ、鋭い爪や鎌で皮膚を切り裂くとされる三体組の怪異。傷は浅いのに痛みを感じず、血もほとんど出ないという特徴があります。突風・旋風の物理現象が妖怪化した存在で、特に雪国や山間部で伝承が多い。 - うわん(うわん)
夜の廃寺や朽ちた建物に現れ、「うわん!」と突如叫ぶ怪物。姿ははっきりせず声のみの怪異として知られ、声を聞いた者は命を落とす、不幸に遭うなどと語られます。音のみの怪異という日本的な恐怖を象徴する存在。
水の怪物・海の怪異|海や川に潜み、人を水へ引き込む恐怖
海・川・湖など、水辺で語られてきた恐ろしい妖怪。
溺死、海難事故、急流の事故など、水にまつわる危険が多かった時代、人々はそれらを“怪異の仕業”として語りました。
水の自然脅威と、人間の恐れが生んだ存在たちです。
- 海坊主(うみぼうず)
黒く巨大な影のような姿で海に現れ、船の前に立ちはだかって沈めるとされる怪異。容姿は一定せず「坊主のように頭が丸い巨人」「海面からぬっと現れる影」など地域で異なります。船乗りの間で海難の象徴として恐れられました。 - 海女房(あまにょうぼう)
海辺に現れる、青白い顔の女の怪物。旅人に近づき、海へ引きずり込んで喰らうと伝えられます。海女の姿に似ることからこの名がつき、荒れた海岸での遭難や滑落事故を戒める怪異として語られました。 - 海和尚(うみおしょう)
海上に巨大な和尚のような姿で現れ、船の近くに浮かんで乗組員を驚かせたり引き込むといわれる怪物。海坊主と同類とされることも多く、荒天の前兆や海の不気味さを象徴する存在です。 - 河童(かっぱ)
川辺に住む水の妖怪。人や馬を水中に引きずり込み、「尻子玉(しりこだま)」と呼ばれる霊魂の球を抜くという恐ろしい伝承が有名です。一方で相撲好き・きゅうり好きなどユーモラスな側面もあり、地域によって性質が大きく異なる多彩な妖怪。 - 舟幽霊(ふなゆうれい)
水死した人の霊が、海を漂い生者の船を襲うと語られる怪異。「柄杓(ひしゃく)をくれ」と船に近づき、渡すと舟底に穴をあけて沈めるとされます。漁師は底の抜けた柄杓を渡して難を逃れたという伝承が全国に残ります。 - 磯撫で(いそなで)
波打ち際に潜み、歩いている人の脚を掴んで海へと引きずる怪異。実体は見えず、急な高波・離岸流・滑落事故など“波に足を取られる”現象が妖怪化したものと言われています。海辺の危険を戒める存在。 - 磯姫(いそひめ)
海辺に現れる美しい女の姿をした妖怪。しかし、その正体は人を海に誘い込む恐ろしい存在で、溺死した者の怨念が変じたと伝える地域もあります。人魚の怪異と混同されることもある、“海の魔女”のような存在。 - 鴆(ちん)
中国古代の文献に登場する、毒を持つ伝説の怪鳥。翼や羽毛に猛毒を帯び、その羽を水に浸すだけで人を殺せるとされます。日本では「毒を持つ怪鳥」のイメージから海鳥の怪異として扱われることがあり、不吉・死の象徴として語られました。

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